日本の世界遺産

日本の世界遺産を知る

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日本の世界遺産にはどんなものがあるの?

 

日本の世界遺産というのはどのようなものがあるのでしょうか?まず日本は1992年に世界遺産条約を結ぶ国の仲間入りをすることになりました。この世界遺産条約に加盟して以来、日本にも沢山の歴史的建造物や自然が登録されるようになりました。まず日本において世界遺産に登録されたのは白神山地です。

 

白神山地

青森と秋田県の県境に位置しているブナの原生林があり、日本古来からの姿をそのままに維持することができている場所です。

 

次に屋久島です。鹿児島県のさらに南に位置する大隅諸島にあります。この屋久島には樹齢1000年以上にもなる屋久杉の自然林があることで、非常に神秘的な場所です。

 

さらに法隆寺も有名ですね。奈良県にある、聖徳太子が立てたお寺とされており、世界で最も古い木造建築として世界遺産に登録されています。

 

姫路城は兵庫県にあるお城で、当時の姿をほぼ完璧に残しているという理由などから世界遺産に登録されています。

 

1996年には原爆ドーム、そして厳島神社が世界遺産に登録されていますし、1998年には東大寺も世界遺産に登録されました。このように日本にはたくさんの世界遺産があり、国内外からの観光客に高く評価されていますので、まだ足を運んだことのない方は是非一度世界遺産を目にしてみてはどうでしょうか?

 

日本の世界遺産 屋久島

 

屋久島

 

屋久島というのは1993年に世界遺産に登録されています。屋久島は九州の最南端にある佐多岬、そしてそこから南南西に60キロの場所に位置している島になります。

 

鹿児島県にある屋久島というのは面積は500平方キロメートルと非常に小さな島です。車で2時間程度で一周することができるんですよ。さらに屋久島は小さな島なのですが、1000メートルを超える山々がそびえ立っているのです。養生のアルプスと呼ばれることもあるんですよ。

 

そのため、複雑な地形がさらに複雑な気候を作り出しているため、亜寒帯から亜熱帯まで様々な気候が存在している非常に不思議な島なのです。また、屋久島というのは日本にある植物の7割以上の種類、そして屋久島だけに自生している40種類以上の固有種などが様々あるのです。

 

そして屋久島のシンボルと言えば樹齢1000年以上にもなる屋久杉です。この屋久杉を見るために遠方から屋久島を訪れる方も非常に多いんですよ。ただし、屋久杉と呼ぶのは樹齢1000年を超えている杉だけをいいます。
樹齢1000年に満たない過ぎは小杉といい、植林されたものを地杉と呼ぶことで細かく区別しているんですよ。人生で一度は行ってみたい場所として屋久島は多くの方憧れの場所なのです。

 

日本の世界遺産 姫路城

姫路城

 

姫路城というのは1993年に世界文化遺産に登録されています。なんといっても姫路城は白漆喰でつくられた城壁は目を見張るほどの美しさです。

 

兵庫県の姫路市にある姫路ですが、1609年に池田輝政によって建造された城になります。白漆喰の壁はもちろん末広がりの非常に美しい形をしている屋根は、その他の城に比べて非常に気品があふれています。日本の建築技術の全てを詰め込んだその仕上がりは多くの人を魅了しています。

 

最初に姫路城を築いたのは赤松則村の次男である貞範ですが、当時はまだまだ小さな山城であり、現在のようなものではありませんでした。しかし、羽柴秀吉が天下統一をする際の拠点とするために3層の天守閣にまで大きくなったのです。

 

この姫路城最大の特徴というのは、外観が美しいだけではありません。本来の城としての役割でも戦においてその価値が高まります。難攻不落の要塞として高く評価されているのです。

 

敵の攻撃に備えてたくさんの仕掛けが施されていますし、天守閣まで簡単には侵入することができないという設計になっているのです。さらに籠城に備えて兵器であったり食料を大量に貯蓄するための穴蔵が作られていますし、水を引いて流し台、そしてトイレまで作られているんですよ。

 

日本の世界遺産と原爆ドーム

原爆ドーム

 

広島という地名が世界的に知られるようになったのは、人類において初めて原子爆弾を受けたことです。現在、原爆ドームとして非常に有名なドーム型の建物は、チェコのヤン・レツルと呼ばれる建築家によって設計されました。

 

広島県物産陳列館という名前で建築されたのですが、広島県の物産品などを展示したり、販売する目的で建築されました。レンガ造りで、楕円形のドームが載せられている当時にしては非常にモダンな建物とされています。広島の街の中であるにもヨーロッパの景観が誕生したとして当時から広島の名所の1つとされてきました。

 

1945年に日本の数カ所が原爆投下候補地として選ばれていたのですが、その中で広島はたまたま晴天だったことで投下地として選ばれたのです。

 

この原爆によって原爆ドームもすさまじい爆風と熱線によって大破してしまいました。鉄骨がむき出しになり、現在では核兵器の怖さや戦争の辛さを象徴するものとされるようになりました。

 

原爆ドームは、これまでは戦争という悲惨な記憶を残すべきではないとしてなんども議論がされてきました。しかし、悲惨な記憶だからこそ残すべきだとして、非常に大掛かりな補強工事が行われ、現在の姿になりました。

 

 

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